7月定例研修会報告

 

【日時】2019年7月28日(日)9:0012:00

【場所】宇多津町保健センター 2階研修室

【テーマ】災害に関する研修

【講師】奥崎 真理氏

                (独立行政法人国立病院賀茂精神医療センター・広島県精神保健福祉士協会)

     日向 晴美氏(さぬき市民病院・香川県精神保健福祉士協会災害対策委員)

【参加者数】23

 

 

今回の研修では、独立行政法人国立病院賀茂精神医療センターの奥崎氏をお迎えし、災害についての研修を行った。奥崎氏は、昨年の7月に起こった広島での水害で被災者としての経験、PSW協会としての活動を行った経験がある。その経験を話していただくとともに、グループワークを行い、「一生活者」として、また「PSW」として、何ができるのかを考えていった。

 まず、一生活者としての被災体験である。発災は76日の金曜日であった。平日ということもあり、職場のPSWの中には子どもがいる人も多く、学校から迎えに来るように電話もかかっていた。奥崎氏にもお子さんがおり、迎えに行こうとしたところ、目の前で車が流されている状態で、迎えに行くことは出来なかったという。しかし、「決断をしないといけない」そう思った奥崎氏は、お子さんに近くのスーパー銭湯に行くよう指示を出した。このような状況ということもあり、そのスーパー銭湯では無料で開放しており、そこで一夜を明かすことができた。しかし、その後も道路状況は回復せず、日曜日までそこで過ごすこととなったとのこと。そして、日曜日に奥崎氏がお迎えに行くと、途中の道で交通整備をしている自衛隊の人に「自己責任で通るなら」ということで通行止めの道路を通してもらい、3時間かけて迎えに行くことができた。自宅の裏は崩れていたが、停電も一瞬で、水も出ていた。奥崎氏は、この3日間の経過はあまり覚えておらず、非常食で食べつないでいたとのことであった。家族が皆集まることができたところで、それぞれ仕事をどうするかを考え、物資についてどう確保するかを考え始めることができた。奥崎氏は、この時のことを振り返り、まずは自分の家庭が落ち着かないと始まらないと語った。

 次に、協会活動や職場での出来事。奥崎氏は、発災から4日後に出勤できたが、月曜日には出勤できているPSWもいたとのこと。そのPSWと連絡を取り、患者さん・ご家族の被災状況を確認してもらった。日頃から、PSW同士で患者さん・ご家族の連絡先は共有できていたのでスムーズに連絡することが出来た。連絡した方の中には、通院できない人も居たが、自立支援医療を他の病院でも使えるように県が認めてくれたので、近くのクリニックで処方を受けてもらえる事となった。しかし、担当の患者さんと避難所の確認や、そこに行くまでの経路を確認できていなかったことに気付いた。また、同僚のPSWLINEのグループを作ってやり取りしているが、既読が全員の数にならない状態が続き、心配していたとのこと。しかし、前述したとおり、自分の家庭が落ち着かないと仕事のことにまで手が回らないのである。

 協会活動では、事務局が賀茂精神医療センターであったが、事務局の機能は停止していた。県協会で策定した、「災害対策計画」(2018.5.13総会にて承認されたばかりであった)と、本協会の「災害支援ガイドライン」に則り動くこととなったものの、災害対策本部を3日以内に事務局に立ち上げるということがまず難しかった。県下の状況を把握した後、比較的被害の少ない県西部のクリニックに災害対策本部を置くこととなった。しかし、災害対策本部をここに置きますとの周知も難しく、対外的なものは事務局がおこなう事となった。そのうちのひとつとしてマスコミ対応があった。協会として被害把握や対応を問われたが、このような状況の時に答える必要もないと判断し、落ち着いてからと返答した。マスコミ側の聞きたいことだけを聞いて字にされるとこちら側の意図が伝わらないと思ったと奥崎氏は言う。続けて、マスコミ対応を“断る”という選択肢があるということもあると教えてくださった。発災3日後の79日月曜日には、協会の災害対策支援部会長より協会員へ宛てて状況把握依頼をメーリングリストで送った。メーリングリストは全員は登録出来ていなかったが、役員、対策本部、地区協力員(広島県では広域かつ人数も多いため、7圏域に区分し、地区ごとの担当がいる)が聞き取りをおこなった。内容としては①自身の被災状況、②自身の近隣・地域・職場等の被災状況、③支援の必要性の有無を確認し、情報の整理をおこなった。そして支援活動の枠組みを決め、支援が必要な所にはボランティアを派遣した。発災後、士業連絡会でおこなわれた相談会では、生活の基盤が優先のため、PSWとしての役割は普段の業務で培われているもの、“メンタルヘルスに目を向けた声かけ”であったと奥崎氏は語った。

 グループワークでは、「①奥崎氏の話を聞いて、防災意識がどう変わったのか」、「②一生活者として何が出来るのか」を考えた。前者では、『家族や当事者の方たちと、もしもの時どうするのかを話し合い行動を決めておくこと』や、『目の前の仕事にしか集中できておらず、「もしも」に備えることが苦手だと分かった。まずは個人として備えることから始めたい。』といった率直な意見も出た。後者では、『色々な災害に対応するため、ハザードマップの確認を行う』といった現実的な意見から、『被災時の対応は日々の些細なことの積み重ねで違ってくるので、これからどれだけ積み重ねることが出来るのか』という意見まで様々であった。奥崎氏のリアルな体験を聴くことで、自分事として捉え、考えることが出来たのではないだろうか。

 最後に、奥崎氏より災害を振り返ってのお話があった。災害に備えるためには、「自分の所で災害が起こった場合」と「それ以外で災害が起こった場合」を考え、意識して日頃から情報収集をおこなわないといけない。平常時の備えが実際に災害が起こった時に役に立つのである。協会活動にしても、今回は事務局が被災し、機能停止状態となり、その場合どうするのかを考慮できていなかったことに気が付いた。それを受けて、被災時の体制を再度検討することとなった。被災者支援に関しては、『元の生活に戻れる』ことを念頭に置いて先を考えた支援をおこなわないといけない。また、広島では防災グッズが売り切れで買えず、坂出に来た際に防災グッズを売っているのを見て購入したとのこと。こういった一つひとつを被災を通して学んだとも語られていた。

被災しないことが一番ではあるが、自然災害はいつ起こるのか誰も予測できない中、“もしも”の時が来た時に適切な判断と行動が出来るよう備えていきたいものである。

報告 大杉 真央(大西病院)