9月定例研修会報告

 

【日  時】  2023930日(土) 14:0017:00

【テ ー マ】   さくらセット(精神保健福祉士の資質向上支援ツール)の活用

        ~自己研鑽過程を可視化し、思い描くMHSWを目指そう~

【講  師】  福井県立大学 社会福祉学科 准教授 岡田 隆志 氏

【参加者数】  24

 

●研修報告

 精神保健福祉士は、専門職として、日常的な仕事の姿勢を裏打ちする「価値」が求められる。価値とは、「精神保健福祉士の目的は何か、何を大切にするか」であり、研鑽を続けることで価値を育てていくことができる。公益社団法人日本精神保健福祉士協会(以下日本協会)や各県精神保健福祉士協会は、その自己研鑽の機会を提供するための研修会の開催等をおこなう役割を持っている。しかし、ただ何となく研修会に参加するだけではなく、実践経験に沿った目標や課題を可視化し、それらをより意識をした専門職としての自己研鑽を積むために、日本協会が精神保健福祉士の資質向上支援ツールとしてキャリアラダー(通称:さくらセット)を作成した。今回の研修は、さくらセットの作成に携わった岡田 隆志氏をお招きし、講義とグループワークを繰り返す中で、さくらセットの活用方法を学ぶ機会となった。

 近年、高齢化や新型コロナウイルスによる感染拡大の影響もあってか、精神疾患を有するとされる総患者数は、2020年の調査で大幅に増加している中で、私たち精神保健福祉士の役割も時代と共に拡大している。これまでは、支援の対象が精神疾患・障害によって医療を受けている者から、20244月より施行される精神福祉保健法では、国民全体にまで拡大する。私たちに求められる専門性は、より広義のものになってくる。その中で、専門職としての実践の中で、ジレンマを抱えることもあるだろう。岡田氏は、そのジレンマこそがソーシャルワーク実践にはつきものだと説明した。その中で、私たちが専門職であり続けるために、「資質向上の責務」が生じる。これは、精神保健福祉士法第41条の2にも明文化されていることであり、これを踏まえてさくらセット作成に取り掛かることとなった。

精神保健福祉士の資質向上は、悩みを成長に変えていく原動力につながっていく。しかし、ひとり職場であったり、横のつながりが得られず孤立してしまうことで、達成感が得られにくく、不安が強くなったりして専門職としてのアイデンティティがゆらぎ、支援が作業化したり、バーンアウトに至ってしまったりすることもある。実際、福祉分野の現場に限らずではあるが、人員不足などの人材育成に関する問題は多くの事業所が掲げている。「忙しくて自己研鑽する時間がない」という声も多く、ではその原因となる問題点は何かと深めたところ、「指導する人材が不足している」「人材を育成しても辞めてしまう」「人材育成をおこなう時間がない」という理由が挙げられた。特に「人材を育成しても辞めてしまう」という理由においては、「辞めてしまうなら、その分自分がクライエントにかかわった方がいい」と考え、ケースを多く抱えることで余裕がなくなり、「自己研鑽どころじゃない」という悪循環に陥ってしまうパターンもある。この悪循環はそこで留まらず、自己研鑽の余力がなくなることで、人材育成力はどんどん弱まってしまう。また、例えば研修会に参加しているという人であっても、研修を受けてただ「なんとなくよかった」と思うだけでは研鑽できたとは言えない。研修を受け、何がどう刺激になったのかを内省し、自分の言葉にすることが研鑽になる。その助力となるべく、さくらセットを作成したのだと岡田氏は語る。

続いて、さくらセットの紹介に移る。さくらセットは、「さ」さわやかなソーシャルワーカーになるために、「く」クオリティアップにつながる、「ら」ラダー(&ワークシート)の頭文字を取って、さくらセットという名称となっている。さくらセットの中には、キャリアラダーとワークシート(フェイスシート・振り返りシート)が入っている。キャリアラダーには、新任期・中堅期・ベテラン期の3つに分け、それぞれの課題や目標が記載されており、個々に目指す指針が可視化されていることで、自身の経験年数等に基づいて求められる専門性を認識しやすくなっている。ワークシートは、自己研鑽をする『実施者』と、実施者と伴奏しながら応援する人である『振り返り担当者』が必要である。ワークシートの活用については、まずスタート時にフェイスシートに実施者が現状を分析し、今後なりたい自分の目標を言語化し、達成するためにどうしたいのか等を記載する。そして、定期的に振り返り担当者と共に、各11.5時間の振り返り面談を実施していく。振り返ったのちに、振り返りを基に業務や様々な活動を実践し、また言語化していく。この構造は、個別支援計画と同じようなものとなっているので、そう聞けば想像しやすいのではないだろうか。

さくらセットを活用していく中で肝となるのが、振り返り担当者の存在である。振り返り担当者は、実施者が選んで取り組んでいることに良い・悪いではなく、共に振り返り決めていくことに重きをおくことで、実施者をどう応援していくかが決まってくる。その中で振り返り担当者が大切にしてほしいルールがある。①共感的な対話、②ともに成長する意識、③安心できる環境づくりの3つである。特に、②ともに成長する意識では、「やってあげている」という意識になってしまうと、「こんなにやってあげたのに、全然力量がついてないじゃない」となってしまう危険性を孕んでおり、そのことで傷ついた実施者が研鑽を遠ざけてしまう可能性もある。振り返り担当者は、「研鑽を続けられること」を応援するスタンス、つまり学び続けることを応援できる存在でなければならない。また、③安心できる環境づくりでは、人事考課のためではないことを大切にする必要がある。さくらセットを活用する上で、職場の直属の上司部下が実施するケースもあるだろう。それが完全に良い・悪いとは言い切れないが、OJTやコンサルテーションではないので、取り組みに対するバイアスがかからないように配慮すべきである。もし、同職場内で活用する場合は、環境づくりとしてであれば良い影響を与えるのではないかと分析されていた。さて、それでは実施者と振り返り担当者のマッチングの特徴はどのようなものがあるか。主に3パターンに分類され、それぞれにメリット・デメリットが発生する。①同職場の上司と部下・先輩と後輩の場合では、業務を共有していることから実務に応じた振り返りがしやすく、振り返り面談の日時や場所の設定がしやすい反面、人事考課やOJTの区分けがしづらいことや自己開示へのためらいや遠慮が生じる可能性がある。②異なる職場や部署の先輩と後輩の場合では、部署内では言いにくいことも比較的話しやすい・他部署の業務を知る機会になり精神保健福祉士自身の知識を広げることができる・職員としてではなくソーシャルワーカーの「私」として考えたり見てもらえたりする反面、達成状況の客観的な評価がしづらいことや関係の構築に時間がかかることが挙げられる。③職場の同異は問わず経験年数の近い仲間同士の場合、お互いに励まし支え合える関係性が期待できる反面、程よい緊張感が保てないことで目標や課題達成への評価が深まらない可能性がある。振り返り面談で気を付けるポイントとしては、基本的にはクライエントとのかかわりと同じであり、まずはお互いの関係づくりをした上で、実施者自身が気づけるような声掛けや、できていないことと同じくらいにできているところを褒めること等も意識できることが求められる。そして、何より、「ともに成長する意識」を大切にしていくことが重要である。

実際にさくらセットのワークシートを作成するグループワークでは、「どのような精神保健福祉士を目指すのか」という項目が書きづらかったという参加者が多かったが、新任期・中堅期・ベテラン期に共通して『将来ビジョンが描けない』という課題がある。その課題の背景には、私たち自身のクライエントへの支援における思考過程のパターン化があるのではないかという。①今目の前に生じている課題や問題を起点にしてこれからの手立てを考える『フォアキャスティング』、②あるべき姿を想像して、そのためにどうするかというこれからの手立てを考える『バックキャスティング』の2点である。フォアキャスティングは、例えば「退院するためにどうするか」というような短期的な課題解決に効果的ではあるが、精神保健福祉士に求められるのは、「退院した後、この人の生活をどうするか」というバックキャスティングの考え方である。しかし、業務に追われる中で、ついフォアキャスティングの思考が癖のようになってしまうが故に、自分自身の「こんな精神保健福祉士になりたい」という将来を見据えた想像がしづらくなっているのかもしれない。それを解消する手段としても、まずはさくらセットを職場で使ってみてほしいと語られた。

また、自己研鑽はさくらセットの活用のみならず、職能団体での研修も、日々の実践の振り返りに有用である。研修を通して得たことを踏まえて内省すること・仲間と出会うことで、研修会そのものの自己研鑽の役割としての価値が定まるのではないだろうか。

 

✿さくらセットは、以下URLからも見ることができます。ご参照ください。

https://www.jamhsw.or.jp/ugoki/kensyu/sakura-set.html

 

報告  松下 瑞季

 

 

 

〇参加者の感想(研修会のアンケートより抜粋しています。感想文は原文ママで使用させていただきました。)

・自分の現在地が知れた。研鑽する仲間つくりや工夫などについて自分としてはもう少し深めたかった。考え続けます。

・さくらセットの活用方法を知ることができ、自身の実践ではどのように活用できるか考える機会となった。また、グループワークを通じて、普段言葉にしていない自身のなりたいワーカー像などを言語化でき、達成課題など考え直すことができた。

・さくらセットを知っており、自分で作ってみようと思い、取り組んだこともありましたが、研修のワークで、作成についてより理解することができた。もう少し踏み込んで作成できればと思ったが、今後作成していきたい。研修の中で、ペアを作り振り返って行く過程についての説明があったが、ペアを作るところが、個人では難しいと感じていたので、今後協会としても何らかの取り組みをしていただけると、より活躍する人が増えるのではないかと思った。

 

・自分の積んできた研修、研鑽を意識し、まとめながら残していくことができ、可視化することで、自身の課題が見えてくるということが、よく分かった。 そこに振り返り担当者がいて、一緒に学びを深められるというところが工夫であり、素晴らしいと思う。ただ、そのマッチングをどのようにすすめていくのか、よく理解できていない。県協会などが介入、斡旋していくことも必要だろうか。

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令和5年9月定例研修会報告(一般).pdf
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